次の夢を追いかけて 

 


旅がらすの乱RUNらん

 

   2011年5月1日    2011年さくら道、最悪の寒さのりこえて

 

 0時、佐藤民宿を出発。ゆるい上り坂、雨の夜道で眠くなったら凍死するので走る。前後に仲間がいるが、自分のペースで淡々と走る。昨年、長良川鉄道乗り鉄の旅をして見覚えあり、北濃まではわけなく到着。どこかのスキー場分岐や旧道分岐をいくつか過ぎ、そろそろ商工会館かなと思ったが、まだ先の旧道と合流してからだった。たしかにはじめのころここはとんでもなく長いと思った。寝ながら歩いた年もあったし。
 商工会館は昨年、右側を走ってたので、トイレのために寄るのをやめて高鷲分岐に入ったとたんもよおして、とても困ったので、用もないのに寄っていこうと決めてた。そしたらエイドがあって、暖かいものをいただけた。トイレは和式だけとのことで、またスルー。今回はおなかが大丈夫。高鷲の村はずれのトイレに寄り、コンビニは次でいいや。
 高鷲の旧道が約2km、国道に合流して長良川最上流まで約2km、それからダイナランドまで約2km、それからスキーロッジや民宿のある村を過ぎ、山の中になってぐんぐん上り、そろそろ源流かな、と思ったらまだ道の駅大日岳だった。真夜中にここまでこれたが、雨で月も星もないせいか、漆黒の闇だ。前後していた女性ランナーも「真っ暗ですね〜」と。
 昨年このあたり吐き気に苦しんだ。今年は病院で処方された胃薬があり、指示通り、吐き気が強まる前にナウゼリン、16時と0時。それでも治まらなかったらもう一種類。胃酸が上がってくる感じがあったので、そちらも服用。これで完璧だった。まだまだ山奥に分け入り、一度離れた流れがまた近づき、雪解け水かすごい水量で轟音だ。左に駒が滝、源流まであと少し。前を行くランナーのライトでそれがわかる。源流で折り返すように右カーブ、対岸を登ると分水嶺はすぐだ。
 3:30分水嶺。写真撮ったけど真っ暗、何も写ってない。こんな時間に到着できてうれしい!少し先の駐車場でてぬきうどんをいただく。うまいこと風よけを作ってあり、座って休むこともできた。雨でびしょ濡れになり寒いけど、このあと下って夜が明ければ暖かくなるだろうと思っていた。もう少しの辛抱だと。でも、このあともずっと雨だからまだまだ寒いですよ、と言われ、コンビニでビニール合羽を買った。モンベルのウインドブレーカーは、本降りの雨にはかなわず、ユニクロヒートテックもずぶ濡れには耐えられなかった。ビニール合羽をその上から着たけどまだ寒い。道端の温度計は9度。あれっ、気温そのものは一番暖かいじゃない。が、体感気温は一番寒い。寒さの中で、津波の被災者のことを思った。逃げるより速く巨大な津波に洗われ、ずぶ濡れになって何かにしがみついて生き残ったあとも、雪の降る中寒風にさらされ、どんなに寒かったことだろうと。好き好んで寒い思いしてるんだから文句言っちゃいけない・・
 下りもまだ真っ暗だった。前方に明々した窓のある建物が見えた。けど何もなかった。山奥なのにビルのようなのも見えた。病院か老人ホームかな?森だけで、まったく何も存在しなかった。森の中にログハウスが並んでるのが見えた。通り過ぎたはずだけど、横には何もなかった。村の古い家が見えた。こんどは本当に村があった!!薄明るくなってきた。であいの森を左に見て、やっと牧戸に着いた。左折し、荘川の流れが広がって御母衣湖が始まる。道なりに左に曲がり岩瀬橋。トンネル区間が始まった。昨年はこのあたりの桜並木が満開だったけど、今年はまだ固いつぼみ。

 

 荘川桜もまだ咲く気配もなかった。6:14。今までで一番速い到着だと思う。毎年御用たしのバイオトイレに入り、その先の駐車場のエイドに。店のない区間と時間、ほんとうに助かる。
 いくつものトンネルを抜ける。200人規模の大会なので、前後にランナーがいる。高速が完成し車も減ったので初めのころほど怖い思いをしなくなった。時間も早いからかな?回りはまだ残雪がいっぱい。晴れていたら山が美しいはずなのに残念。
 トンネルでダムを通り過ぎ、カーブして電力館に下ったらものすごい風。ずぶ濡れのところ吹かれたらたまったもんじゃない。体温をどんどん奪われ、歯がガチガチして舌を噛みそうだ。少し先に私設エイドがあり、暖かいものをいただいたけど、温まらない。このとき、リタイアがよぎった。今はまだ走れるからいい。でも、走っても走っても体が温まらない。どんどん冷えてくる。もし走れなくな

 

ったら低体温で死んでしまうかも。マジで身の危険を感じた。大会で死んじゃったら大迷惑だ←リタイアの最強の言い訳。でもここでやめるったってやめようがない。交通機関がないし。着替えもないのに、寒い中立ち止まることはできない。白川郷まで行くしかない。そうしたら、金沢行きの直通バスがある。バスの時間ぎりぎりまで温泉入り、金沢駅からゴールまではタクシーだ。決めた!
 で、とりあえず白川郷までがんばることにはしたが、気持ちが切れたらあちこちが痛くなってきた。どっと疲れも出てきた。ペース落ちまくり・・遠山家の古民家、平瀬の温泉街、いつも景色を楽しむ区間なのにトボトボと。3回目のときも、郡上でくたばったわりになんとかここまで粘り、いよいよだめだ〜って思ったんだけどね。あの時は暖かかったから、平瀬で遊んでた。寒いと、休むこともできない。自宅前に大エイドを作ってくれた田口建設さん。今年は張り紙が・・エイドを中心になってやってくださった方が急死され、葬儀のため、今年はできません、とのこと。でも、家の中に茶菓の用意がありますからどうぞ、と。ずーずーしく中に入りお菓子と熱いお茶をいただいた。家の中は暖かく助かった!白川郷にはP家のエイドがあるし、がんばろう。
 平瀬を過ぎると、例年眠く、一番疲れを感じる区間だ。ちょっと景色も単調に、荒涼としたように感じてしまう。ほんとに一番の苦手箇所。でも、P家ご夫妻に会うのを楽しみにがんばれる。もう着くかなと思うころ、萩町合掌集落まで3kmの看板でがっかり。でも、P家のいる分岐はその1km手前だから、と気を取り直して進む。で、そこでリタイアだっけ?なんか少し体が温まってきた。次のコンビニでビニール合羽の下や、カイロなど買ったら寒さをしのげるかも。
 分岐にはP家ご夫妻が雨と風と寒さの中、真夜中からエイドを続けてくれてた。テントが飛ばされたり大変な苦労だったとあとで知った。2人だけで、200人の(すでにたくさんリタイアしていたから半分?)ランナーに暖かいぜんざいとコーンスープ。選択せず両方もらっちゃった。こんなにしていただいて、「ここでやめます」とは言えない。ってだけじゃなく、元気も出てきたし。タイムは10時が目標だったけど11時。荘川桜出発は6時半近かったしそこから25キロ、時速6を維持しても10:40なのだから、まあいいか。まだ時間はたっぷりあるし、やめたらもったいない。suikamanさんが追いついてきた。すえちゃんが少し先にいると伝えたら、慌てて追いかけていった。いつも観光モードで休憩を決め込む白川郷を走って通過。40キロぶりのコンビニに飛び込む。ビニールズボンは売り切れ。カイロと飲食物調達。トイレは仲間で込み合ってたので道の駅へ。ついでに昼寝も、と思ったけど、寒さをしのげる場所もないので寝ないでトンネル区間に突入。12時。白川郷通り抜けに1時間がかりだったけど、意外と距離も4.5キロあるんだし、コンビニやらトイレやらで、まあそんなもんか。それからは緩い下りだし、トンネルから出て飛越峡は景色もきれい、五箇山の村々も好きだし、ってここまでくれば楽しみがある。風はすごい。飛ばされそうで怖い。以前ラミネートされたゼッケンがバリッと壊れて吹き飛ばされてしまったこともある。193キロのささら館は、到着時刻のメモがない。荘川桜まで自己ベストで、40〜42時間ペースの通過タイムを計算、その設定よりどんどん遅れてしまっている。まあ、このへんまできたら区間により時速5に落ちてもしかたない。トイレ前のベンチで10分昼寝。
 スタッフのペラちゃんに会った。五箇山を下ればだいぶ気温が上がり楽になるよ、こんなに寒くちゃ、さっさと降りた者勝ちだね、と。そりゃさっさと降りたいに決まってるさ。下梨を目指す。民謡橋で「おきりこ節」のボタンを押すと鳴り響く。なんかこれ、楽しみなんだよね。ここまできたぞ!左下に菅沼合掌集落が見える。ゆっくりジャーニーのときは、これも見学しよう。熊料理のくろばね温泉までは意外とすぐ着いて(距離見たら菅沼から2kmもない)橋渡って、上梨かな?と喜んだら、勘違い。空腹になってきたので、観光地上梨に期待!お団子食べて、トンネル抜けて、下梨のエイドが楽しみ!到着は16時40分。結局昨年のタイムになってしまった。でもその昨年、一番遅い下梨着と思ったが初回と同じだった。で、その先ズルズル遅れてしまったのだ。では、今年は五箇山からがんばるぞ。エイドでおいしいおいしい五箇山豆腐!が、ここで悲報に接する。川の道で交通事故死があり大会中止になったとのこと。川の道は一度後半の部に出たし、呼びかけは古いつきあいの館山さん、関東で開かれる大会だし、きっと亡くなったのも私の知ってる人だろう・・何ということだ。みそちゃん、まりちゃん、館山さん、みんなずっといっしょに走ってきた仲間が大会を続け、事故が起き・・私も武蔵野の路を呼びかけていたころ、事故のないようにと、ほんとに祈る思いだった。心配で大会前には夢にうなされたり・・だからってどうにもならないこともあるし・・おかげさまで事故は、遊歩道で時間走やったときにその場の打ち上げで、急性アルコール中毒で救急車が一人あっただけですんだが。
 交通事故の話を聞いたら、少しでも明るいうちに五箇山を下らなくちゃ、と思った。カーブが続くのに車が飛ばしていて怖いから。急な上り坂、と今まで思っていたけど、ほとんど走れた。トンネル入り口まで4km、16:50に下梨エイドを出て17時半に着いた。トンネル出口18:20。まだなんとか明るい。真っ暗になる前にカーブ区間は過ぎるだろう。城端へむかってひたすら下る。途中、体が曲がってよろめいているランナーがいた。強豪なんだけど、ネイチャーからの連ちゃんでダメージがきていたのだ。すえちゃん、上野さんともこのあたりまでず〜っと前後している。2人はまだキロ7分くらいで走れる。両側がため池や田んぼになるころ暗くなった。城端の町の入り口に自宅開放のエイド。19時半ごろ到着だったかな?ここですえちゃんがsuikamanさんと合流。さんざん男とっかえひっかえ、何人も乗り捨ててきたけどモトサヤに。初参加でここの夜道は本当に心細いから、これで助かったことだろう。このエイドでは、石川県からの参加者の率いるカイロチームが治療していた。まんまんなか園や荘川桜にも来てくれていた。部屋に上がって一眠り。10分で目覚ましかけたけど、どうしても眠くてあと5分。で、さらにもう5分寝たかったけど、きりがないと気づき、出発。ゆっくり休んだので20時過ぎていたと思う。城端駅までまだ2キロくらい残っていて、それからなかなか福光に着かない。途中、40キロぶりのコンビニで飲食物ゲット。2回目に走ったときは、真っ暗になったのはここだった。で、森本が0時だった。自己ベストの目標は白川郷前で消えたが、初回タイムより速くゴールしたいなあ。
 福光の坂上松華堂さんで、波多ママパパさんたちに迎えられた。おかゆをごちそうになり、出発は21時半?県境まで10キロないんだから、23時について良いはず。昨年も福光からやたら時間かかった。今年は、足は動くけど眠くてたまらず、縁石に座って居眠りすること数回。何人もに追い抜かれた。凛峰さんが眠気覚ましガムくれた。ミンティアでは効かなかったけど、それで復活した。さり〜♪さんの一団を抜いた。あれっ?白鳥がゴールじゃなかったの?そしたら、卒業するために今年は金沢まで行くんだって。前半は速くて、荘川桜5時。それから??「何してたんだろうね」とのこと。呪いがかからないうちに逃げる。旧道との関係が今までどうしてもわからなかったけど、今回ほぼ解明。分岐、合流箇所、そのまま拡幅された区間がわかった。昨年の「狐に化かされ」た感覚なく、23時には県境が近づいたのがわかった。県境の鉄塔の赤いライトがなかなか近づかず、23:40やっと到着。その1km先にてぬきうどんのエイドがあり、一休み。さり〜♪さんが到着したので逃げ出す。日付がまた変わった。

 


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