次の夢を追いかけて 

 


旅がらすの乱RUNらん

 

   2011年6月5日    お四国札所めぐりの下見

 

 しまなみのゴール後、会場でレストランバー、駅前のホテルまで歩くのが大変だったが、今日の行動には駅前でちょうどよかった。朝起きたら、速攻電車松山へ。市内の札所をいくつか回り、道後温泉散策、の予定。
 観光案内所で聞いたら、出発点まで片道はバスで、それも乗り継ぎで時間かかる。なので、1本だけバス乗って、少し歩いて遍路道に合流、回る寺を減らして近場4箇所をゆっくり見物することとした。札所めぐり本番では1箇所に時間かけられないから。地図もないのに右斜め下遍路みちの看板以外と少ないげっそり田んぼや住宅に道が紛れ、勘では全然わからない。本番はちゃんと地図用意するから大丈夫だろう手(チョキ)
 道後いい気分(温泉)外れの高台にある松山ユースホステルに泊まった。さすが若者ばかり。昔?万年?again?元気な旅人手(チョキ)お遍路は歩きだと50日くらいかかるらしい。走る人仲間は23〜30日でやってるけどね。チャリダーもいた。自転車は遍路道だと走るのムリなところが多く、回り道になり歩くのと同じ、せっかく良い峠越えが通れない。宿は都合よいところにあるとは限らず、野宿。托鉢で回ってる遍路さんは、金がないからではなく、それが本来の姿と考え、托鉢で集めた資金だけで食べたり泊まったり。でも、家も金もほんとになくて、永遠に遍路で生活している職業遍路もいるって。そうなるとホームレスとどう違う?ま、いろいろ聞けておもしろかった。
また長旅に出たいなあ。

 写真たくさんあります。

 

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 高速を過ぎた森松でバス下りて、西林寺に向かう。途中のスーパーで食料追加。「てんぷら」のカツ(名前なんていったか今思い出せない)が地元らしくおもしろい。西林寺の直前の、ていれぎ公園もついでに散策。弘法大師の杖で発見された湧き水に由来する。

 

 

 

 遍路道の小さな目印発見。旧道らしい道筋だ。とここでは喜んだが。

 

 

 

 札所48番西林寺。

 

 

 

 寺を出てからどの道を行くのか看板がなくて、それらしいところを言っても行き止まり。地元の人に聞いても知らない人が多い。やっとわかる人がいて教えてもらったが、また途中からわからなくなったり。やっと道標が出てきて、49番浄土時についた。

 

 

 

 

 

 

 

 ここまでは平地で田んぼや住宅の中。ここから、山麓の道。久米八幡神社の下をとおり、

 

 

 

 ついでに上まで登った。

 

 

 

神社の鳥居に戻り、坂道を登り、くねくねと行く。わかりにくそうな分看板が一番多く、順調に50番繁多寺へ。この寺は高台にあり、眺めが良かった。

 

 

 

 

 

 

 寺の入り口で、四国名物(と認識している)アイスクリンを。

 

 

 

 このあとしばらくは巡礼道っぽい区間があったが、途中の分岐からわけわからなくなり、山に入ってしまった。山といっても、住宅地の中に残された史跡だ。

 

 

 

 

 

 

 やっと遍路道の続き発見。石手川にかかる橋の名も「遍路橋」

 

 

 51番石手寺は規模が大きくて山内に見所も多く、道後温泉に近いこともあって巡礼者、観光客でにぎわっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石手寺から道後温泉に。宿泊先ユースへは、寺の裏から自然歩道を行くのが正解だったそうな。温泉街にはレトロなバスが走る。

 

 

 温泉街はずれにある伊佐爾波神社の急な石段。下から見上げ、ユースは上なので登って、見下ろす。

 

 

 

 ユースにチェックインし、荷物を置いて温泉街見物に繰り出す。道後温泉本館神の湯に入浴。

 

 

 

 

 

 

 

 夕食は、歩き遍路、チャリ遍路の宿泊が多いのでボリュームたっぷり。グラスワイン100円もうれしい。夕食後、また温泉街に繰り出した。商店街は夜まで賑やか。このごろ地元もそうだしどこ行ってもシャッター通り。地方都市の衰退に寂しい思いをしているので、活気のある街がうれしい。
 もう一風呂、椿の湯に。明日買って帰るものなどチェックしてユースに戻った。全部あわせれば20km歩いた。

 

 

 

 

 

 

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