旅がらすの東海道一人旅
   ジャーニーラン 

銘菓長餅

石薬師宿の家並み

7日目
  桑名宿⇒水口宿
  78.0km

 

亀山宿の町並み

 

鈴鹿峠

 

 

 

 

 

 

 名古屋を過ぎると、ぐっと京都が近づいた感じがする。足は大丈夫だが、内臓がかなり疲れ、おなかの調子は悪いし、顔がむくんで眼が腫れてしまった。今日のコース、田舎だけど、トイレあるか心配だ。遠いところまで来たが、桑名〜関はT中さんの年末の大会の下見で、鈴鹿越えの車道区間はチャリンコで、(一国を職場のマラソン仲間とラン、チャリリレーで京都まで行ったことがあった)土山〜水口は湯ノ山ジャーニーで通ったことがある。全く初めてという区間は少ない。
 せっかく遠いところまできて、古い街並みや史跡がたくさんあるのに、カメラが不調で記録を残せず残念だ。

七里の渡し、水門と鳥居

春日神社の大鳥居

伊勢神宮常夜灯

常夜灯の一角の公園

一里塚の石碑

川岸にたつ常夜灯

富田一里塚のあたり

三ツ谷一里塚の石碑

なが餅の店

銘菓なが餅

 笠寺〜名古屋駅は早朝から渋滞する、と健康ランドの受付で言われ、4時過ぎに予約したタクシーで近鉄名古屋へ。全然渋滞なんてなく、寒い中、近鉄ビルの外でさんざん待たされた。でも、無事始発電車に乗れて桑名へ。5:50スタート。湯ノ山ジャーニーでも通り、見覚えある七里の渡し公園に。(1.4km、6:08)ここには伊勢神宮鳥居、石垣、常夜灯があり、歴史を偲ばせる。旧道らしい細い商店街を南下。まもなく春日神社青銅大鳥居。(1.7km、6:13)掘割にそった公園には東海道53次を現す石碑が並び、あっという間に「完走」。桑名宿は寺社の並ぶなか、道が複雑に曲がりくねっているが、地元で目印の看板を出している。やっとまっすぐな道になり、町屋川にぶつかるところに伊勢神宮常夜灯がたつ。(5.4km、6:49)川をわたって少しで縄生一里塚。このあたりは、工場と住宅地でおもしろくない。朝食を少ししか食べていないので空腹だし、トイレにも行きたい。しかし、コンビニがない。朝明川にぶつかったところにも常夜灯。(8.6km、7:24)旧家の門の外にトイレがあったので公共のものかなと拝借。でも、その家のかなあ?トイレは解決したが、空腹だ。富田の駅のそばを通ったり、国道と平行したりするが、あいかわらずコンビニもファーストフードもない。四日市に近づくころ、三ツ谷一里塚が。でも石碑だけ。
 川を渡り、市街地にはいるところに公共仮設トイレ。また借りる。もう1本川を渡ると、銘菓なが餅。(15.8km、8:39)これで空腹をしのごう。店員さんが若い子だったので、携帯に詳しいのではと思ってカメラのモード切替を聞いてみた。機種が似ていると言っていろいろやってみてくれたが、やはりだめ。(昨日、auショップを探す時間がなかった)四日市市街地はなが餅以外は全然店が開いてない。99ショップがあちこちにあった浜松以東とは状況が一変。不便な土地の旅になった。
 市街地を抜け、新興住宅地になってしばらくすると、やっと、あった!すき屋が。あれっ松屋だったかな?牛丼、トン汁、サラダ、お茶(おかわり)。満足満足。出発しようとすると、ランナーが入ってきた。「東海道やってるの?」と。その人は今朝桑名を出て土山泊まり、明日京都ゴールとのこと。でもこの区間だけらしい。今回の旅で始めて会ったジャーニーランナーだった。ただ、疲れていたのと出発を急いでいたのとで、名前聞き忘れたし、顔もよく覚えていない。

日永の追分、石碑や常夜灯が並ぶ

杖衝坂の石碑

杖衝坂芭蕉の句碑

表札代わりの色紙

石薬師宿の古い家

石薬師寺

庄野宿の家並み

庄野宿資料館

東海道の絵看板

中富田一里塚と説明看板

 牛丼屋を出て少しで日永追分。(21.3km、10:03)伊勢路との分岐で、緑地帯が作られ、伊勢神宮鳥居、道標、常夜灯などがある。寺町をカクカク曲がり、川を渡ると、路の分岐点にマックスバリューがあった。今日はじめてお目にかかるスーパー。この先もあるかわからない。ちょうどまた用事もあり、トイレと食料調達。
 スーパーを出ると、田舎道に新しい住宅が混ざる中くねくね曲がり、急な上り坂があらわれる。ここが杖衝坂、芭蕉の句碑もある。(24.1km、10:41)「歩行ならば杖つき坂を落馬かな」と書いてあるそうだ。台地の上、旧道らしい采女の村を通る。その後は国道に合流。さきほどのスーパーからいくらも来てないのにまたトイレさがし。ちょうどよくコンビにがあった。それなのにまたすぐトイレ行きたくなってこんどはガススタ。休憩ばかりで進まない。
 石薬師宿は古い家並みでいい雰囲気。佐々木信綱の生家があるため、宿場の家々に信綱の歌の色紙を貼った飾りがさげられていた。宿場を過ぎ、一国を陸橋でわたった先が宿場の名前にもなり、広重の浮世絵に描かれている石薬師寺。(28.4km、11:38)歌碑や石灯籠など古いものがいろいろあるらしい。入ってみたい寺だ。
 坂を下ると、線路沿い、そして一国に合流、沿道には工場というあまり面白くない区間だ。工場の先、水路沿いに右折、次に左折し旧街道らしい道に入る。庄野宿。(31.7km、12:11)旧小林家住宅が資料館になっているほかは、見所はとくにないが、昔の面影を残した古い家並みだ。
 庄野宿を出て、また一国を横切ってからも、のどかな道。家並みは古く、石碑や道標など昔のものが多く残っている。東海道を示すイラスト看板も。

「万町みたに」の木札

亀山宿の町並み

椋の大木がある野村一里塚

信楽焼たぬきの置物

関の旧道入り口

東の追分と関一里塚

江戸時代の旅籠

江戸時代のままの街並み

お祭り山車のミニチュア

銘菓関の戸の深川屋

  亀山までの道のりは長かったなという印象。このページを整理するまで日にちがたってしまい、記憶が鮮明でないのだが、せめて鮮明な写真があれば、記憶を呼び起こせるのに。亀山は都会とはいえないが、久々の町。auショップにも最後の期待をかけていた。みつからないまま商店街を抜け、板の看板のかかる旧市街に。くねくね曲がった細い道で坂を下る。このあたり、城跡の外側になる。(40.5km、13:57)広い通りをわたり、また坂を登ったところにもりっぱな旧家が並んでいる。以前一度きて印象に残っている一角だ。
 亀山の町外れに、史跡野村一里塚(42.5km、14:13)。北側は慶長9年(1604年)に築かれたものが残り、当時植えられた椋が巨木となっている。まだ三重県だけど、隣は滋賀県、信楽焼のたぬきの置物を玄関脇に置いた家をときどき見かける。旧道らしい雰囲気のある田舎道だ。線路をわたると、家がとぎれ、のどかな大岡寺畷。(44.0km、14:35)田んぼの中にまっすぐ道が伸びている。名阪をくぐり小さな川を渡り、鈴鹿川に沿ってしばらくのどかな道が続く。
 一国に合流、少し先で右に旧道は関宿に入って行く。ここはすごい。いちばんすごい!すごすぎて、これ全部ホンモノ?って思うほど、昔の家、家、家。宿場の入り口は伊勢街道との東の追分(46.0km、16:57)伊勢神宮の鳥居、常夜灯、道標と、関の一里塚がある。そこから昔のまんま、テーマパークのような町並みが2キロ、ずーっと続いている。国指定重要伝統的建造物群保存地区だ。だんだん人通りが多くなってくる。観光客がはずれまでこれないほど長い区間古い街並み。一番賑やかなあたりに旅籠「玉屋」、江戸時代からの銘菓「関の戸」の深川屋。このお菓子食べ損なった、残念。(46.9km、15:06)これから鈴鹿の山越えなのに、雨がパラついてきた。

関の地蔵院

鈴鹿への登り道に入る

坂下宿、松屋本陣跡の石碑

山が近づいてきた

岩屋十一面観音入り口の石碑

片山神社の上り口

片山神社境内

鈴鹿峠道標

鈴鹿峠道標2

峠を越えると高原状に開ける

 713年、行基菩薩が開山と伝えられる関の地蔵院は、本堂、鐘楼、愛染堂が国の重要文化財。(47.3km、15:14)西の追分で関宿の街並みは終わり、鈴鹿越えが始まる。といってもいきなり急登になるわけではなく、国道と合流したゆるい上り坂。
 鈴鹿川が大きく蛇行するあたりは、筆捨山の展望がよい。(50.1km、15:50)その先で旧道は右にわかれ、沓掛の村の中をゆるく登って行く。坂下宿は当時にぎわったそうだが、本陣跡の石柱がのこるだけ、普通に田舎だ。これから越えていく鈴鹿の山並みが遠望できる。宿場のはずれ、旧国道に合流する直前に岩屋十一面観音。(53.5km、16:28)岩肌を滝が流れ落ち、巨岩にお堂を作り十一面観音などが祭られているそうだ。入ってみたいが時間がない。ここにも片山神社への山道分岐があるが、東海道はしばらく国道を登る。
 片山神社入り口、いよいよ鈴鹿越え、と思ったがまだ山道ではない。神社の参道を登り、鳥居をぬけ崩れかけた石段を登ったら小さな祠があるが行き止まり。(54.3km、16:38)左に別の参道でもう一度国道に合流、カーブしてさきほどの地点の真上で左に山道に入る。
 山道はあっという間に終わり、鈴鹿峠。(54.7km、16:52)峠の先は下りの山道かと思ったら森が切れ茶畑の広がる高原に。

万人講大灯篭

山中一里塚の公園

山中一里塚の石柱

田村神社の森

田村神社の鳥居

 

 ゆるく下りはじめると右側に万人講大石灯籠。(55.0km、16:57)傘が一枚岩でできた大きなりっぱな常夜灯だ。
 一国に合流し、長くゆるい下り坂が続く。途中山中、猪鼻、蟹が坂で右側に旧道があり、まちがわずに入った。山中には一里塚跡の公園ができていた(場所は少しずれているそうだ)。蟹が坂の旧道が田村川に突き当たると向かい側は鬱蒼とした田村神社の森。裏から境内に入る道があるが、暗くなりそうなので旧道通り進み、一国から参道杉並木を見る。(61.8km、17:58)
 歩道橋を渡ると道の駅あいの土山。まだ薄明るいが、急いでもすぐ真っ暗になる。旧道沿いには食料調達のできる店もなさそう。ここで休憩、補給、夜間仕様とする。
 18時半、道の駅が閉店するので追い出され、夜道を水口へ向う。土山宿は連子格子の町家風の家並みが続き、本陣跡、高札場跡、○○屋跡などがたくさん残っていておもしろい。写真を撮るには暗くてムリだが、街灯で充分沿道風景は楽しめた。
 土山宿を出てからも真っ暗にはならず、国道と交差しながら、旧道には古い家並みが続いていた。連子格子の旧家が軒を連ね、田舎の区間も農家が街道にそって続いている。国道は車の道、旧道は人の道という感じ。街灯もあり、ときどき地元の人が通る。前野、市場、三軒家。ここには地酒「初桜」の醸造元が。夜なのでしまっていて飲めない、残念。(今回の旅で飲めたのは由比の1箇所だけ、蔵元めぐりも私のテーマなのに、残念)今宿、今郷、だんだん水口が近づいてきた。しかし、人家はあるが、旧道沿いにはコンビにが全くない。道の駅でおにぎり食べておいてほんとに良かった。
 水口は城跡もある古い町。このあたりでは賑やかなほうだろうけど、この時間、店はしまり、人通りもない。(まだ21時ころなのに)城下町なので旧街道は複雑に通っている。地図を必死で見て、何番目とか数えるのだけど、間違ってしまう。一本裏を通ったりしたが、まあいいや、大会じゃないから失格にはならない。そろそろ空腹になってきたし、トイレもいきたいんだけど。
 今夜のゴールはもう少し先。街を通りぬけ、五十鈴神社や寺の並ぶ道を北上し一国に。ガススタやパチンコ屋、自動車屋が並ぶ賑やかな一角に出た。交通量の多い国道を左へしばらくで「オットルサウナ」(78.0km、21:30)。鈴鹿〜草津間の唯一の安宿。ラッキーなことに半額デー。もともと女性割引があり、¥1,250で泊まれた。中にある居酒屋もぼったくらない価格。場所柄、ここは日本縦断のチャリダーや、東海道の旅人は珍しくないそうだ。
 あとゴールまで50キロ、残りが少ないと思うと、夜道を一気にということも不可能ではなさそうな気分だった。でも、一人旅なんだから、競争じゃないんだから、楽しまなくちゃ。明るい時間に走るほうがいいに決まってる。風呂入ってゆっくり寝よう。

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